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2009年2月14日 (土)

ユネスコ村を偲んで

つい先日、多摩テックの閉園が伝えられました。
ここ数年、かつて家族連れやカップルで賑わった遊園地(今はテーマパークなどと言いますが)が無くなっています。
埼玉県の、それも県西の“かつての子供”にとって、家族レジャー、遠足、さらに近隣の学校の児童にとっては写生会の場として定番だった『ユネスコ村』(1951年~1990年,1993年~2006年)。
我が家の8ミリフィルム復活記念第一号として、ユネスコ村を偲びます。
昭和41年のユネスコ村エントランス付近

まずは昭和41年の8ミリ映像をお楽しみください。(forPC)
※後半は西武園遊園地です。

※ユネスコ村は2006年9月末をもって閉園となりました。

駐車場入り口跡 2008年11月のユネスコ村駐車場入り口です。
先の写真とは反対の、山の上側になります。
山側のゲート 2006年9月の様子です。
上の写真のゲートから入り、右手にあった入園ゲートです。
バーチャルライドシアター 斜面の中腹にあった「バーチャルライドシアター」
3Dの映画に併せて客席全体が動く仕組みでした。
展望台 その背後から上空に伸びていくUFOをイメージした展望塔です。
巨大なアーム 客室内から見た展望台を支えるアームです。
大きなカウンターウエイトが壮観でした。
回転展望台 クレーン車のビームのように、アームがまっすぐ伸びていきます。
村山貯水池 武蔵野丘陵に囲まれた村山貯水池。
この景色は昔も今も変わりません。
西武ドーム 足元にはユネスコ村の施設が。
そして一際目立つのは西武ドームです。
閉鎖された麓側ゲート 2008年のふもと側入り口付近です。
歩道橋と、そこから西武球場側へは通行できますが、ユネスコ村側へのゲートは施錠されています。
メリーゴーランド跡 かつてメリーゴーランドがあった場所です。
メリーゴーランド全景 これがそのメリーゴーランド。
手前の小広場には、パンダをはじめとする幼児用乗り物が並んでいます。
メリーゴーランド どこの遊園地でも、メリーゴーランドは華でしたね。
また歌詞などにもよく使われます。
「恐竜館」外観 後期ユネスコ村(1993年~2006年)の最大の目玉だった「恐竜館」
ユネスコ村は『ユネスコ村大恐竜探検館』として復活したのでした。
映画「ジュラシックパーク」など、恐竜ブームが巻き起こった時代でした。
恐竜館 小型の乗り物に数人ずつ乗車し、館内を巡るしくみです。
写真はブレブレでよくわからないと思いますが、なかなかよくできています。
でもリピーターをつかめなかったことが、閉園へと至らせてしまったようです。
恐竜の骨格標本 出口側には博物館的な化石の展示や、みやげものショップがありました。
おとぎ列車 ユネスコ村と、隣接する西武園遊園地を結ぶ“おとぎ列車”です。
これはバッテリーカーの方。子供の頃何度も行ったのですが、残念ながらSLの方には乗ることができませんでした。

※8mmフィルムからキャプチャー
山口線(レオライナー)西武球場前駅 おとぎ列車に代わった“山口線レオライナー”。
どちらも西武鉄道の正規路線として運行されていました。
2006年に訪ねたおり、駅近くの案内所にいた職員の方に「あのオランダ風車があったのはどの辺でしょうか?」と尋ねてみました。

「ちょうど恐竜館のあたりだよ。今は全く面影がないけどね。あの頃は子供達が大勢来て喜んでいたんだけどねぇ。」と寂しそうに教えてくれました。

日本のユネスコ加盟を記念して、世界各地の建物のレプリカが武蔵野の森を切り開いた丘に並び、そこには子供達の笑顔があふれていました。
今や繁盛している遊園地は、東京ではディズニーランドぐらいのものでしょうか。TDLのような外国のキャラクターを中心に洗練された施設とは違って、日本人のお兄さんお姉さんが、小さな子供連れの家族を迎えてくれる。そんな『遊園地』がどんどん減っていくことに寂しさを感じてしまいます。

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