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京都の旅

  • 11 妙満寺 山門
    2009年のお盆休み。京都市の顕本法華宗総本山の「妙満寺」さんと、天橋立を訪ねました。
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年金暮らし(01) プロローグ

YouTubeの中に、“年金暮らし”などのタグで検索すると、年金暮らしの実態を紹介されている方が多くいらっしゃいます。
自分は1959年の1月生まれ。
65歳から受給になるのですが、私の世代は経過措置として63歳から老齢厚生年金だけ受給開始となりました。
→ 「特別支給の老齢厚生年金」(日本年金機構)
尚、繰下げも繰上げもおこなわず、「制度通りに受給するのが無難」というのが私の判断です。

もしかしたらお若い皆さんの参考になる部分もあるかと、前述のYouTubeの下書きのつもりで綴っていきたいと思います。

最初に私の勤務経験について、簡単にお示しします。
22歳で大学を卒業し、地方公務員に就きました。
当時は学生であっても“20歳から納める”とは知らず、22歳の4月から納めた形になります。
公務員は17年間勤めましたが、この先は体力的にも精神的にも厳しいなと感じて退職。
間を空けず、退職翌日から民間企業に勤め、以後60歳を迎えるまで勤務しましたので、空白期間はありません。
年金的に言えば、共済年金+厚生年金+厚生年金基金に加入していたので、フル装備の部類に入るでしょうか。
(ご存知の通り、共済年金は厚生年金に統合されました。これも実は…いずれw)

※転職活動は現役中に活動。(←コレ大事!立場が上になれます👍)
 面接などは、夜間や週末に対応していただけるところを。
 足かけ3年ほどかけ、内定まで至ったところは4社。
 うち3社は条件が合わなかったり、雰囲気がイマイチで、こちらから辞退しました。

2011年に胃癌で胃を切除。
同年、脳出血で緊急入院。
2013年に外出先で脳梗塞で倒れ、救急搬送。
11ヶ月の入院・自宅療養を経て職場復帰したものの、後遺症のため利き手側の片麻痺に。
身体障碍6級。
加えて胃癌手術に伴う摂食障害もあり、定年延長や定年後の再就職は困難になりました。
勤務先の温情で定年まで在職できましたが、完全に戦力外。😢

さて、その「定年」ですが…

かつて昭和の時代は「55歳定年」でした。
今は60歳から65歳、70歳にとも言われています。
ですが、これらは“まやかし”。

多くの会社は相変わらず55歳定年のようなものです。
役職定年とか、雇用形態が変更されたりで、収入ダウン。

私が勤務していた会社は、役職定年はありませんでした。
ただし、56歳以上は定期昇給なし。
退職金の算出基準としての“勤続年数加算”も55歳まで。
それでもまだ恵まれていた方でしょうね。
給料は上がらないけど下がらないのだから。w

希望すれば65歳まで働けましたが、“嘱託”となって収入は約3分の1と大幅ダウン。
しかし多くの場合は仕事内容は変わらずで、変わらぬ業務量をこなし、変わらぬ責任を負う。
率直に言って「バカらしい」という表現が当てはまる。😅

そんなこともあって、病に倒れる前は、老後をこんな風に考えていました。

60歳を過ぎたら、スクールバスや幼稚園バスの運転士をやりたい。
そのような業務を請け負う会社は、3年程度の大型車経験を要することが多い。
そこで実務経験を積むため50台後半でバス会社に転職し、路線バスのハンドルを握る。
(多くのバス会社は、50代未経験でも募集対象としています)
そのためアラフィフで、勤務の合間に「大型二種免許」や「サービス介助士」の資格を取りました。
場合によっては昼間の間、教材作りの補助や、ホームページの更新作業もやったりして。
中高の教員免許は持ってますし、ICTE(教育情報化コーディネーター)の資格も取りました。
会社ではホームページ担当も経験しています。

しかし先述のように続けて大病を経験し、54歳から「働かなくていい老後」にするための計画変更を余儀なくされた訳です。
どんな風に?…は次回。😄

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