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避難場所となる学校にエアコン設置、是非!

私が小学校に入った頃、まだ鉄筋校舎は無く、木造の平屋。
戦前からある校舎は、階段を3段ぐらい上る高床。
点検口から入ると、低学年なら立ったまま歩けるほど広い。

天井も高く、天井裏のたっぷりある瓦屋根。

廊下側もガラス窓で、腰板も互い違いになってて、ずらすとスリットが開いて風通しバツグン!

校舎のグランド側にはポプラ並木。
夏場は日陰になって涼しい。

そもそも今とは気温が違う。
国道254さえ砂利道。
舗装道路なんて、駅前の公団団地ぐらいでしたから、輻射熱だのヒートアイランドなどとは無縁でした。
昭和40年頃の話しです。

その頃を引き合いに出して、「昔の子供は…」と言われたって、それなら「昔の環境に戻してみろ!」と言いたい。

災害時には避難場所にもなる小中学校。
エアコンなしで、本当に過ごせますか?
都会では“涼しい自然の風”も吹かなければ、“夜になれば涼しく”なんてなりませんよ。

そんな所に、高齢者も、病気の方も、赤ちゃんも、障がいのある方も、もちろん元気な方も。
災害でケガをしたり、体調を崩す人もたくさんいるでしょう。
そんな大勢の人々が、風呂もトイレもままならず、ストレス満載でギューギュー詰の生活をするんです。

某市立中学校の創立50周年記念式典が開催されたときのことです。
時は7月。
午前中は生徒たちでお祝い。
午後は大人たちの式典でした。

大人たちの方の列席者は、市長、市議、OB会や地元商工会や町内会長など、いわゆる地域の名士と言われるような方々。
いずれも市政に関わる“重鎮”の皆さん。
会場は学校の体育館。
次節柄ビールなどはないものの、テーブルには軽食オードブルにソフトドリンク。

まずは各氏の祝辞が続きます。
外気温は30℃ほどでしたが、館内は40℃超え!
黒くて薄いトタン屋根、断熱材などない。
「天然のオーブン」状態で、中はパンが焼けるほど。
実際、サンドイッチは“乾燥”を通り越して、トースト寸前。ヽ(;´ω`)ノ
懇親会のときには、ラスクみたいになっていました。

まず市長が音を上げた。
「イベント用の冷房車でも手配できないのか?」
お付の市職員も、「今からでは…」
市長のつぶやきで気が楽になったのか、市議や来賓も口ぐちに「こりゃたまらん」

教職員、ここぞとばかり、「子供たちはここで毎日運動や集会をやっているんです。」

残念ながら、“なんとかしてくれた政治家”はいませんでしたが。

件のT市長にも言いたい。
市長室やあなたの自宅でエアコンを切ったって、なんの自慢にもならない。
断熱材も、通風の工夫もなく、直射日光の熱が増幅されるような校舎の中で、大勢の“新陳代謝の盛んな子供たちの”発する体温と、蒸発した汗で蒸せ返る教室で執務してごらんなさい。

不思議なのは、毎日学校で過ごしてる教職員の中にも、エアコン不要を「精神論」で語る人がいることです。
真夏でも上着とネクタイ着用で汗もかかない「暑いのは全然平気」という人も、中にはいますけどね。
(´Д`;)

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