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「まじない」で病気は治らない

神仏に祈っても、病気は治りません。
自然治癒するレベルなら、祈らなくても治ります。

重い病気のとき、あるいはとても心配なとき、「医師の診察を受けるように」薦めるでしょう。
祈祷師を呼ばれても困ります。(そういう人も中にはいますが…)

でも、病気以外だと「祈って治す」ようなことが多くないでしょうか?

「懸念するような問題は存在しない」と唱え続ける“領土問題”。

「安全性は確認された」と、具体性のない言葉遊びで再稼働、継続される“原発問題”。

「いじめはいけない」と説教するだけの“いじめ対策”。

「早くから慣れさせることが必要」とされながら、一向に話せるようにならない“英語教育”。

『話せばわかる』は、相手に聞く姿勢があってのこと。
気の持ち方が原因の場合は、それで解決できるでしょう。
でも、そうでなければ…

物理的な対応であるとか、科学的な対応が必要。
前者はたとえば時に「武力衝突」も伴うでしょう。
後者はたとえば、治療を施すとか、電子機器類で補うとか。

日本国内では所謂“言葉遊び”で、何らかの対応をしているフリをして済まされても、それは外からは“勝手にまじないを唱えているだけ”にしか見えない。

だから日本人は「交渉が下手」とか、「何も主張しない」とか、「何を考えているのかわからない」とか言われてしまうのでは。

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