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情緒的な扱いはまだ早い<<震災問題>>

東日本大震災から、もう1年。まだ1年。

テレビでは特集番組が組まれ、当時の被災状況の映像や、その後の人々の暮らしを報道しています。
就業問題、就学問題、住居の問題、その他まだまだ解決とは程遠い。
まだ行方不明の方もたくさんおられます。

国の方針が定まらず、“この土地に”家を会社を建て直していいのかダメなのか?
道路は、鉄道は、どこに取り付けるのか?

今や東電は、原発よりも放射線よりも、値上げを通すことが最優先?

情緒的に捉えるには、あまりにも時期尚早。

がれきの処分を拒否する住民運動。
被災地の農産物を避けるなどの風評被害。
所謂“一市民”に課せられた課題もまだまだ多い。

翻って、首都圏は大丈夫か?

東北の被災地は、地域住民のつながりが強く、幼い頃からよく知る人たち。
「どこそこの○ちゃんはどうした?」と心配し合い、自ずと安否確認ができるお付き合い。
敷地にもゆとりがあり、住民の数に比べて学校や公民館などのキャパにも比較的ゆとりがある。
食べ物を分かち合い、身を寄せ合っての助け合い。
それでも避難所生活はストレスが溜まる。

一方都会では、マンションの薄い壁ひとつ隔てれば、会ったことさえなかったり。
誰がいるのかわからないのだから、誰かがいなくてもわかるわけがない。
狭い土地に上へ上へと延びるマンションが林立し、その間に挟まるように狭小住宅がひしめき合う。
少子化で少なくなった学校や、狭い会議室しかない公民館。
そこに押し寄せる地域住民。
文字通り“立錐の余地もない”。

前回大した影響もなかったのに、特定の食品や日用品の買占めに走った市民たちは、おそらく自治会やボランティアの方に不平不満をぶつけ、要求ばかりで自らは動こうとせず、奪い合い罵り合いの殺伐とした避難所生活?
自治体職員は復興作業よりも、トラブル仲裁やなだめるための謝罪に忙殺されるのか?
少しでも気を抜けば金目のものは盗み取られ、馬鹿デカイシートを広げて無駄にスペースを分捕る人とのせめぎ合い。
譲れ譲らんとあちこちで罵声が飛び交い、毎日繰り返される小競り合い。

そんな光景が想像されます。
花見や運動会など、現実の様子を見れば、想像に難くはありません。

もしも大津波が襲ったら。
今更社会科の教科書を開くまでもなく、日本で一番広くなだらかな関東平野。
高さ10mでは東京都を通り越し、埼玉県の中ほどまで達します。
高層建築物群が勢いを弱めてくれると取るべきか、狭い水路に集中して増幅されると取るべきか?
なにしろ“水が溢れる”のではなく、一時的とはいえ“海水面が上昇”するわけですから、洪水とは全然異なります。

しかも首都圏地震では、頼りないながらも一応中枢になってもらわなきゃ困る、政府機関や中央官庁などが集中しています。
そこが停電や通信網の遮断、火災などで機能しなくなったら、一体どこで指揮を執るのでしょう。

まぁ、そんなことを“一市民”が心配しても仕方ない。
まずは最低限の備えと、ご近所さんとのご挨拶。
できる用意だけを粛々と…。

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