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母の日の想い出

小学生の頃、母の日が近づくと、学校の図画工作の時間に「お母さんの絵」を描きました。

また、胸につけるカーネーションの造花が配られました。「お母さんありがとう」とリボンが付いていて、安全ピンで留めるのです。

もしも今の時代にやったら、批判続出でしょう。

多くの児童には「赤いカーネーション」が渡されます。でも、お母さんが亡くなっている児童には「白いカーネーション」が渡されるのです。

3年生のとき、クラスのリーダー格だった、しっかり者の女の子のお母さんが亡くなりました.。

勉強も運動もできて、ハキハキしていて、いつも明るくて元気な女の子。ちょっとお姉さんみたいな雰囲気で、よく一緒に遊びました。
翌年の4年生のときも同級生でした。「図工の時間」と「カーネーションを配られたとき」の2回、大粒の涙を流しながら、自分の席で泣き続けていました。

今でもはっきり覚えています。担任の先生が駆け寄って慰めていましたが。

「母の日」を迎えると、あのときの光景が思い出され、いつもスッキリしません。
今もきっと、お店の“母の日フェア”を眺めながら、つらい思いをしている子供もいるだろうな。

あんな露骨な扱い。
昭和40年代。当時は酷い差別が当たり前のこととして行われていたのです。

「人々が思いやり、助け合っていたあの時代」なんて嘘っぱち。
「浄化されたノスタルジー」でしかありません。
 

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