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京都の旅

  • 11 妙満寺 山門
    2009年のお盆休み。京都市の顕本法華宗総本山の「妙満寺」さんと、天橋立を訪ねました。
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映画をつくるって

商業映画を作る。
広大な撮影所で大勢のスタッフがいて、目の飛び出るようなお金と何ヶ月あるいは何年という時間をかけて。
「フィルム代、秒いくら掛かると思ってんだ!」の緊張。

自分がつくれる(監督)まで、“徒弟制度”の中での長い長い下積み生活。
公開するのも大きな封切りの大きな街の映画館から地方へという配給の流れ。
映画会社でなければできない世界。

B級映画が作れるようになって、それでも千万単位。
そう簡単にはつくれない。

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コロナ禍で進んだ事

いろいろな面で、大きなマイナスであることにかわりはありませんが。
それでもコロナの影響で、プラスに動いたこともあるのでは。

例えば『テレワーク』。
まだインターネットなんてなかった頃。
郊外の大規模マンションに設けられた「サテライトオフィス」。
満員電車での痛勤が必要なのか?と、電話回線を使ってテレワークしようと始まったのは40年以上も前のこと。
やっと本格実施!

『リモート授業』

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セミドロップ自転車

昭和40年代の小学校高学年から中学生の頃、男子はほぼ100%乗っていた!(^ω^)
セミドロップハンドル
5段変速
・ちょっと凝ったブレーキ(ディスクとかドラムとか)

201071512↑ 自転車博物館(目黒)にて

小6の時に買ってもらって、20代半ばまで乗ってたんですが、なぜか写真がない。
(;´ω`)
当時はフィルムカメラしか無かったから、そんなに気軽に撮らなかったですからね。

私が乗っていたのは、セキネのセミドロップ。
ブレーキは油圧で、右ブレーキで前後のブレーキが同時にかかる仕組みでした。
左ブレーキは後輪のみのワイヤー式でしたが、レバーの根元にラチェットが付いていて、サイドブレーキのような使い方が出来たのです。
もちろんウインカー装備。
当時はフラッシャーと言いましたね。
リアウインカーは片側3連の、光が流れるように点滅するもの。
単一3本で、点滅はモーターで接点を回しておこなう機械式だったので、電池の減りが早かったな。

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昭和のお土産「ペナント」 2020.09.09

たまにTVでも取り上げられたりする「ペナント」。
主に十代(小中高生)男子の、代表的なお土産のひとつ。
他には「木刀」や「“根性”などと書かれた置物」。w
それと「ガラスケースに入った名所の模型」とかね。背面は鏡で。ww

発掘しました!(^ω^)
例によって、私のお宝は私自身がその当時に買ったものです。(^o^;)

「奥日光」

小6の修学旅行です。
泊まった旅館は湯の湖のほとりの「湯の家旅館」。
この風景画は、多分湯の湖ではないかと思います。
硫黄のにおいがきつい温泉と、ずっと曇天で寒かった思い出。

20200909penant01

 

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「憎まれ役を買って出る勇気」リーダーとしての覚悟

東京都内のコロナウイルス感染者数が、2日続けて100人超。
8週間後には1,000人を超えるという予測も。

緊急事態宣言を“解除”して、クラスター対策のため段階的に解除していくハズだった商業施設や集会も、アッという間にステージを進めてしまった。

国や自治体の“長”は、再び緊急事態宣言を出すつもりはないと言う。
感染関連の専門家としてテレビに呼ばれる人たちも、“経済”のことをおもんばかって以前より歯切れが悪い。
厳しい事を言う専門家会議は担当大臣が正規の段階を踏まずに解散してしまう。

国の特別定額給付金、まだ届いていない家庭も多いようです。
東京都感染拡大防止協力金持続化給付金、申請して2ヶ月経ってから「書類に不備がある」「あなたは該当しない」と不支給の人が1割を超えているとか。

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ランチの思い出

コロナの影響もあって、老舗の飲食店が次々と閉店の報が耳に入ってきます。
それ以前でも、結構入れ替わりが早かったり。

私の職場は神田神保町にありました。
周囲には出版社や書店が多く、また大学や専門学校も多い街。
水道橋やお茶の水も徒歩圏内。
安くてボリュームのあるランチを提供するお店がひしめいています。

焼き魚の美味しい食堂。
いつもオジサン達で満員で、並んでるウチに注文取って、席について間もなく焼き上がるという絶妙のタイミング!
しばらくして効率を重視したか、“焼きおき”して出すように。
やはり焼きたての美味しさには叶わず、離れるお客さんも多かったような。

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見直すきっかけ

今は極端に人出が少ない状態だけど。
では、これまでの日常は、無駄に多かったのではないか?

東京周辺の痛勤電車。
吊革も空いてないどころか、押し込まれて真っ直ぐ立ってもいられなかったり。
必死にどこかに掴まり、まるで体操競技でもしているかのようにバランスを取り、力を込めて耐え忍ぶ。

そこまでして、全員が朝8時に登校する必要はあったのか?
そこまでして、全員が朝9時に出社する必要はあったのか?

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我が家最古の「鉄道模型雑誌」

我が家に残る、最古の鉄道模型雑誌。

20200413tmj_01

昭和33年6月号。w

これ1冊しかありませんが、これしか買わなかったのか、これしか残らなかったのかは不明。
当時はNゲージはなく、主流はHOゲージ。
父親が興味を持っていたようです。
子供向けにはレールが三本あるOゲージがありましたが、それでも高価な物。
おいそれと手が出るものではありませんでした。

20200413tmj_02

専ら交通博物館などで見るものでした。

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«「不倫」とは

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